やっぱりその方向性だなぁ!?
以前の記事「学力低下考察!?」
http://anb13524.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_1.html
において、私は、「総合的な学習の時間の導入」が学力低下を招いた新の原因であると主張した。これには賛否両論がある。それに優れた実践を行って、成果を上げている学校もある。しっかり検証して、いいもの、悪いものを公開してほしいと思う。
そう思っていたところ、8月31日の北海道新聞朝刊の一面にこんな記事があった。
小学「ゆとり教育」転換
学習指導要領の改定作業を進めている中央教育審議会(中教審)は30日、小学校の「総合的な学習の時間」を週一時間程度(一単位時間は45分)程度減らし、国語、算数、理科、社会、体育の五教科の授業時間数を一割程度増やす方針を固めた。
・・・中略・・・
同日に開いた小学校部会で、文部科学省が示した素案を大筋で了承した。素案は、基礎的な知識・技能を確実に定着させ、観察・実験をする時間を確保する必要と、子どもの体力の低下を指摘。これらへの対策として、一、二年生は国語、算数と体づくりのため体育を増加、三、四年はこれら三科目に加え、理科も増やし観察・実験にあてる。五、六年は習熟度の差が大きくなる算数と理科を重視する。三~六年は社会も若干増やす。
また、総合学習などの時間を使って行われている英語については、教育の機会均等や中学校との円滑な接続の観点から、「国が共通に指導する内容を示すことが必要」とし、初めて授業と位置づける。五、六年で週一時間程度確保する。
一方、総合的な学習の時間は、「教職員の中に教科の授業時数の充実を求める声が強い」などとし、週三時間程度実施しているのを週一時間程度減らすことにした。
・・・後略・・・
素案骨子をまとめると、以下のようになる。
①小学校の国語、算数、理科、社会、体育の主要5教科の授業時間数を全体で1割程度増やす
②3年生以上で週3時間程度実施している「総合的な学習の時間」を週1時間程度削減
③高学年で週1時間程度、体験型の「英語活動」の授業を実施
④各教科の授業で横断的に表現力、判断力、思考力を育成
⑤総授業時間数は低学年で週2時間、中・高学年で週1時間程度の増
⑥学校週5日制は維持
方向性は正しいし、以前の私の主張と合致している部分もある。ただ、心配なことがいくつかある
まず、③の「英語活動」である。
各学校に必ず英語の免許を持った教員、もしくは外国人英語講師等の専門家を配置してくれるのかどうかが見えない。もし、これを今の人員でやりなさいということになれば、小学校の先生は一から英語を勉強しなければ、とてもじゃないが対応できないのではないだろうか?負担が逆に増えてしまって、大変なことになる可能性がある。
私が見てきた小学校で、英語に力を入れているところでは、そこではちゃんと中学校の英語科の免許を持った教員が配置されていた場合もあるし、週に一時間程度、近隣の中学校から英語科の先生が授業をしにやってくるケースもあった。前者ならば、いいのだが、後者の場合は英語科の先生にものすごく負担がかかっていた。
ぜひとも、この部分は負担が増えないような配慮を行政側に期待したい。
しかし、小学生から英語をすること自体には何か問題はないのだろうか?私は先進校の実践を見たことがあるが、とても楽しそうに英会話を学習する児童の姿がとても印象に残っている。英語の時間をとても楽しみにしている子どもが多かった。
だが、私が懸念するのは、「国語」との関係だ。私たち日本人は、日本語を使っているのだが、どうも読み取る力や書く力などが、今の子ども達の中で不足しているように思える。
数学の文章問題の意味が読み取れなかったり、英文を日本語に訳すことができなかったり、テストの問題文の意図するところが理解できなかったりする生徒がいる背景には、「国語力」の不足が考えられる。
いくら国際社会に英語が必要だからと言って、もととなる国語がしっかりしていなかったら、あまり効果が上がらないのではないか?と危惧するところである。もし、専門家の方がいらっしゃったらそこのところを意見していただきたい。私の取り越し苦労であればいいなぁと思う。
2つ目の気がかりは、④や⑤に関わって、授業時数だけでなく教える内容までも増えるのではないかということである。
私は、現行の内容に関連づけたものを増やすのならば、問題ないと思うが、まったくの別物を加えるのであれば、それだけ負担も増え、効果は上がらないのではないかと思う。一つの単元にもっと時間をかけて、理解させ、定着させる時間があるべきだと考えるからだ。
また、ただ単純に授業時数が1割増えたから、すぐに学力低下が改善する方向にいくのか?と言われると、答えはどちらともいえない。すぐに効果が表れるところでは、一生懸命取り組み、優れた実践をしている学校だろう。だが、実際にはそうでないところも存在する。
結局は、しくみを変えたからと言って、すぐに効果が表れるとは限らないのだ。
だから、教える内容や時数だけでなく、授業の質の問題もすごく重要となってくる。現場の先生が優れた実践に触れることができる機会を増やして欲しいと思う。現状では、自らが率先して自腹で動かなければ、そういったものに出会えないことが多いように思う。日々の忙しさも、自己研鑽を妨げる要因の一つである。
それから今回は、小学校の記事だったが、中学校ではどのような動きになるのか?が気になるところである。
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明日の午後6時更新予定記事は、
「ブログを始めて4ヶ月!?」
です。これまでのブログでのやり取りなどを振り返って思ったことを、つれづれなるままに記しています。
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実はこれに関連するものをすでに書いたのですが、更新をためらっていました。なぜならグチになってしまうからです。でも、近日中に関連記事を更新します。
投稿 無敵 | 2007.09.07 20:55
わたしは総合も生活科もいらないと思っています。社会なんて今の時数で歴史を教えるのは本当に苦労します。
英語科は・・・
今のわたしにははっきり言って、できませんね。
投稿 piano | 2007.09.07 21:33
これは一言では論じられないものですね。
無敵さんと同じく(なかったかな?)総合を必死でやってきた者にとっては,なんとも言いきれない無力感を感じます。怒りといってもいいくらいです。
英語教育については,これも,複雑ですね。
私の記事が参考になるでしょうか。
投稿 すずめ@おばちゃん教師 | 2007.09.07 22:13
>無敵さん
コメント有り難うございます。
関連記事、ぜひ読ませて頂きます。
>pianoさん
コメント有り難うございます。
小学校の先生は、さまざまな教科の授業を持たれ、校務分掌を担当し、学級経営をすることを考えると、中学校の先生よりも、負担が多いのではないかと私は思っています。ますます負担を増やすような結果になるのであれば、悪影響になってしまうのではないでしょうか?
>すずめさん
コメント有り難うございます。
私の地域では、総合は正直に言って、学校間での温度差が大きくなっているのが現状です。
それに初期につくられたものが、年数が経つに連れて、文書は残るのだけど、細かい内容がわからなくなり、形骸化してしまうなんてことが起きている学校もあるようです。これは、異動で教員が入れ替わり、うまく引き継ぎがなされていないことが一因となっています。
投稿 ユウ | 2007.09.08 04:41
ユウ先生、こんにちは。小林円児です。
早期の英語教育には、私は賛成できませんね。母国語もまだしっかり身に付いていない子どもたちが、外国語を習得するのは混乱の元になりそうだからです。つまり、母国語の習得に悪影響を与える場合があることを否めないからです。
ゲーテは、「外国語も知らない人間は母国語も知らない」というようなことを言いましたが、これは、ある程度、母国語を活用できてからのことだと、私は思います。
投稿 小林円児 | 2007.09.08 11:23
>小林円児さん
コメント有り難うございます。
私の実感として、国語力の低下の方が深刻ではないかと危惧しています。問題文の意味が読み取れなかったり、説明しても意味が通じなかったり・・・圧倒的に生徒たちの語彙が乏しかったりするのを現場で目の当たりにしてしまうと、英語よりも国語を充実させるべきだと考えざるをえないですね。
投稿 ユウ | 2007.09.08 13:21
小学校の英語教育に関して、
中学校の英語の先生に聞いた話。
この中学校は、複数の小学校から集まるのです。
そして、総合などでの英語の扱いが、
小学校差が大きい場合にあたる。
でも、その差を引きずるのは1年生の1学期だけ。
英語の読み書きしっかりした小学校卒者は
中学初期の英語がつまらないので、
意欲が出ないうちに、他の学校卒に追い越される。
ほとんどやっていない小学校卒者は、
意欲満々。
遊び程度やった小学校卒者は、発音がきれい。
でも、大体2学期あたりに足並みがそろい、
3学期には、国語などでの漢字以外の能力が
(特に聞き取りと読み取り)
優れた子が英語も優れた結果となるそうです。
私が懸念するのは、
教科と位置づけられることで、評価が伴い、
それによって、英語嫌いが増えるのではないか
ということ。
投稿 POOHママ | 2007.09.08 19:06
>POOHママさん
コメント有り難うございます。
その懸念は、確かに見過ごせませんね。
実は、私は英語が好きだったので、小学5年生くらいから英語の塾に行っていました。
ですが、中学校に入って、英語の勉強をしていると、なんだか話すよりも書くことの方が重視されていて、授業は楽しいんだけど、テストの点数が伸びないなんてことがありました。
今回の素案では、小学校の英語は英会話が中心だという話ですが、以前、私は小中高一貫教育で英語に力を入れている学校のそれぞれの授業を観させて頂いたことがあります。その時に感じたのは、小学校では楽しく英会話をして、みんな生き生きと授業に参加しているが、中学校では机に座ってただ授業を受けているという印象でした。高校になると、意欲がある者だけのクラス編成だったので、それなりに活発な授業でしたね。
小学校、中学校、高校と学習内容がうまく連携されていないと、POOHママさんの懸念は、現実の物となってしまうのではないかと思います。
投稿 ユウ | 2007.09.08 20:41
ユウさん、皆さん、こんばんは
ゆとり教育から、変わるわけですね。
変わっても良いですが、ゆとり教育の何処が悪くて変えるのか、功罪を検証すべきです。
こと教育に関すること、論理的に納得できる説明の上に変更して欲しいです。
感情論だけで動き、朝令暮改のように、感じてしまいます。
投稿 愛てんぐ | 2007.09.08 23:35
>愛てんぐさん
コメント有り難うございます。
中学校も「総合的な学習の時間」及び「選択教科」の時数を減らし、特定の教科の授業時数を1割増にするそうです。
学校週5日制は維持して、授業時数を生み出す方法については、学校や教育委員会に委ねる方針みたいです。
私も、なぜそうするのか?という具体的な根拠が知りたいですね。自分が訴えてきたことと同じ理由なのか?はたまた別の意図があるのか?
ただ、変えるとだけ言われるのは、どうも腑に落ちないのが本音です。
投稿 ユウ | 2007.09.09 07:00
総合的な学習をだらだらとやるよりかは、しっかりとカリキュラムが備わっている英語でもやるほうがマシな気がします。
現在のわが自治体は、外人(ELT)を積極的に雇って総合の中で英語学習を展開しています。それはいいのですが、外人は、質が低いです。どの学年に行っても「日本をなめてるのか?」と思うようなだらだらと「はろー、はうどーよーどー」ばかりやっている外人さんもいます。
「そんなELT雇うなら、数校掛け持ちでもいいから俺を英語専科にしてくれればいいのに」と、思っている日本人、中学校教師はたくさんいると思います。
何なら私も手を挙げてみたいぐらいです。
投稿 redu06 | 2007.09.09 18:03
>redu06さん
コメント有り難うございます。
外国人の方の質が悪いのは、採用する側に見る眼がないのでしょう。どんなにいい制度でも、それを運用する側がダメならば、効果はないでしょう。
いろいろな形で、現場の負担が増えないような配慮をして導入していくのならば、私も大いに理解できると思います。今はまだどのような形になるのかがまったく見えないので、心配が多いです。
また、総合的な学習の時間も、しっかりと検証して、現場だけに任せるのではなく、よりよいものにしていくための方策を行政と現場が双方向で考えていかないといけないと思います。
投稿 ユウ | 2007.09.09 19:05