プロローグ(8)
僕の通知表が、2学期最後の学活の時間に渡されなかった理由、それは美術の評価・評定がギリギリまでもめたからだった。
そのことを聞かされたのは、終業式の3日前の夜。相川先生から電話があり、母さんが初めに事情を説明された。それから僕に直接、説明されたのだった。簡単に要約すると、
1学期に5だった美術の成績が、今回は3段階下がって2に下げられている。提出物もしっかり出していて、仕上げた作品も、テストの結果を見ても、その評定はおかしい。どうやら矢ガモを描いた件の一点だけで、美術の上谷先生は、こうした評価をしたのだという。担任としては、ギリギリまで上谷先生に考え直してもらうよう訴えていきたいということだった。
僕は常日頃から、学校で起こった出来事については、家族に話していたので、母さんも取り乱すことはまったくなかった。
また、母さんが担任の相川先生を信頼していたこともあって、その説明を受けた後、「よろしくお願いします」の一言だった。
僕はと言うと、評定が下がることなど想定内だった。気に入らないことがあったら、たとえ子どもの方が正しくとも、成績を下げてしまう先生なんてザラにいたからだ。
だから逆に相川先生のように、僕の話を聞き、僕を信じ、僕のために闘ってくれる先生の方が貴重で珍しいと思ったし、尊敬と感謝の気持ちでいっぱいだった。
結局、渡された通知表では、美術の評定はそのまま「2」だったけれど、その気持ちは変わらなかった。自分のために、一生懸命になってくれる先生がいたことの方が、嬉しかったし、僕は一切間違ったことをしていないからだ。
後日、流れてきた噂によると、僕の通知表については、職員会議の議題になるほどの大きな問題となっていて、いろいろな議論があったらしい。その中で、「島田は精神的におかしいのではないか?」とか、「本当はふざけて描いたのではないか?」といった批判もあったそうだが、相川先生をはじめ、僕をよく知る先生から激しい反論があり、しまいには議論ではなく口論になったほどだったそうだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)



最近のコメント